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 差し出された小指を見て、脳が停止した。すべての雑音が消えうせ、真っ白の世界に君と二人立たされたよう。



『指切りげんまん、嘘は駄目』



 いや、俺。きちんと理解しよう。最初からわかっていた筈だろう。
 そう、思考が再起動を始めたところで彼女の顔色を伺った。しかし君は俯いたまま指だけを掲げるようにしていた。そう、五本ある、その細い指の小指だけ立てた状態。所謂、指切りをする状態。彼女の双眸は少し長い前髪に隠れていて見えない。じわりと頬に寒風が撫ぜる。かたかたと、指先や、背筋が震えた。しかし、震えそうになっているのは温度が低いからではない。でも震えるのは寒いからだと主張できるのならしたい。本当は、この身震いすら許せない。こんなの君に怯えているようだ。君がそんな勘違いを頭に過ぎらせているのではと、酷く不安に思う。違うよ、そうじゃないよと、言えるものならいってしまいたい。

屋上の乾いたコンクリート、青色の画用紙に、白の絵の具で塗りつぶしたような雲。どこかで鳴る音楽器は、反響して学校中にその音を届けていた。季節を思わせる冷たい風は肌を滑る度に体温を奪っていた。でも、早鐘を打つ心臓は自分の温度を上げていく。どくんどくんと波を打って、酷い震えになる。
いつもと同じ風景の中で、いつもと変わらぬ君。
君を好きになってから色んな自覚をたくさんした。君の独特な世界観、俺とは違う目線での世の中。背中はとても弱弱しいのに、でもとても強い君。受けた暴行に耐える力を持つ君。駄目、と言える君。
君が笑ってくれるなら、なんだってできる。そんな果敢な自分を知った。
(それを話した友人は、お前はいつだって自信家だろうと言った。)(多分、褒め言葉。)
 でも、硝子細工のよう。君は触れると壊れてしまう砂の城。


 だって、君はどうするの?


「…夢って、追うものなんだよ?」
 その声に思わず身構えてしまう。でも差し出された彼女の指が震えているのを見て、きっと君も俺と同じ理由で震えていると思った。排気臭い道路でぼんやりと、荷を乗せたトラックが進んでいく。脚で追いかけても、届かない速さで回る車輪。伸ばした掌よりも小さくなっていく車体。
 そのまま君に学校へと導かれて、これ。彼の元に行って。それだけ紡いで君はその小指を上げた。君は褐色色の髪で顔を隠していたから、俺も君が見えなかった。本当は、見なかったが正しいのだろうけれど。
 ひとりはいや。
 ひとりはいや。
 ひとりはいや。
 君のその震える指が告げている。俺まで行かないで。と。ひとりにしないで、と。
 でも君は望む。自分より、俺が諦めることを悲しむ、俺だって、諦められない。でも君がひとりでいると思うと心が何かで貫かれたように痛む。
 でも。
 自分の掌でゆっくりと拳を作る。小指だけ立てて、彼女のそれにゆっくりと絡めた。触れた瞬間に弾けたように君は俺を見る。君の双眸はいつの間にか濡れていて、きっとそれは今まで堪えていたものが溢れたようにも思えた。触れ合う指先が、あまりにも暖かくて。彼女の温度があまりにもいとおしくて。
 
「………ずっと、笑っていてくれる?」
 吐きだした言葉は、自分の願いのような気がした。君は瞬きをして、眼を細めて笑った。それがあまりに綺麗だったので、またひとつ心臓が鳴る。
「…たくさん、泣くかもしれないけど、笑う、から。」
「うん。」
「水た、にくんも、…ずっと、笑っていてね」
「…うん。」
 耳朶に響く彼女の声、伝わる温度。
 きっと君はひとりで寂しいと泣いてしまう。でも、笑うと約束をくれる。指先から伝わる、それは絶対だと。告げている。乾いた地面にひとつ、またひとつ染みが出来ていく。それを見て、俺も泣いていた事をその時漸く知った。
「…ねえ、抱きしめていい?」
 言った事に後悔したけれど、君は自分から俺に身を委ねた。胸に額を押し付けて、堰を外したかのような嗚咽を君は零す。その声に鼓膜が耳鳴りをしるみたいな痺れを持った。こんなの、酷い。こんなのは嫌だよ。悲痛な思いが駆け巡った。
 叫べるのなら叫んでしまいたい、でも叫んでも、それが叶わないのを知っている。背に小指を絡めていないほうの腕を回して、力を込める。君の細い方に瞼を押し付けて、自分の涙がこれ以上溢れないようにした。泣いていたら、君に泣かないでとて言えないから。


 君のその細い指に、温度に、泣く君に、嘘をつかない事を誓う。
 笑っているよ。君の笑顔を願っているよ。
君が大好きだから。








【 指切りげんまん、嘘は駄目 】