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 ふらりとする意識に、目蓋を肌が痛みを訴える程に擦った。しかし、何の効果も得られずに睡魔はただ迫ってくる。その事実に私は途方に暮れていた。まだ、まだ駄目よ。そう考えながら、又も浮遊しそうになる意識に歯痒さを感じる。



 その夜は雪で、小雨を思い出す淡雪は路面をしんしんと降り積もらせた。人々に踏まれて汚れて、轍が出来ていく。又その上にハラハラと止めどなく降り落ちていくのだ。油断をすれば転がりそうだなぁ、そう思いながら滑る路面を確かめ進む。踏みしめて行く度に、ざくりと小気味良い音がした。街の夜を灯す光、様々な店から零れる声。肌を刺す木枯らし、暮れきった空。
 そんな中少女を見つけた。この感情をどう例えれば良いだろう?

 自動に開いた扉をくぐり抜けると、暖められた空気に呑まれた。席への案内を促す店員を片手で制し、ウィンドウから見えた姿を必死に探す。じわりと冷や汗が背中を伝い、疑問が頭に浮かんでは漂った。そして目を凝らした先、室内の端にあるソファーに腕を枕にして眠る少女を見つける。足早に近付くと、予感は確信へと色づいた。柔らかそうな癖のある栗毛に、同じ高校の女子生徒用の制服。組んだ腕に額を預けている為に、表情は見えない。分からない。けど。
「…篠岡?」
 小さく呼び掛けた声は彼女には届かなかった。雪が溶けてきたのか、靴に水が染み込んで気持ちが悪い。なるべくは音を立てない様に向かいの椅子に腰をかけ、居場所なさそうに此方を窺うウェイターにオレンジジュースを注文する。店内は程好く空いていたから、それはすぐに届けられた。
 透明なグラスに揺れるオレンジ。しかし俺はそれに手を付けず、氷が水面に溶けて膜をつくるまで放っておいた。
 起こすのは多分容易な事、只、触れるのが躊躇われた。見えない障壁に阻まれているよう、なんで女の子ってこんなに違うのだろうか。異性というだけで、動揺してしまうのか。エアコンの似非な暖かさを感じながら、彼女の手元にあるカップを見る。ほんの少し残された飴色の紅茶は、すっかり冷めてしまっていた。

 不意に呼ばれたような気がして目蓋をあける。視界が鮮明になるのに多少の時間を要した。けれど見えた先にあるものに、私はまた眼を剥いたのだ。眼前には同じ様な栗色の髪、自分がそうしていたように腕を枕に寝息を立てる彼。水谷くん、舌足らずに呟いたがそれに答える声はなかった。店内はピークを迎えているらしく、喧騒が辺りを満たしている。ふと手元にあった筈のカップを一瞥すると、その中身は綺麗になくなっていた。飲み干した覚えがない。目の前の彼が飲んだのだろうか。彼の方にもグラスがひとつ置かれていたが、一口も手をつけてないように見えるそれは、氷が溶けきって水嵩が増していた。
「…篠岡」
 いつの間に顔をあげたのだろう。雪に濡れたのか、湿った髪からぽたりと雫が落ちる。その彼の向こうに宵闇が見えて、ああ、もう夜が更けはじめたのだと思った。
「何してるの」
「…こっちの科白だよ?」
「俺はただ、」
 篠岡が見えたから。優しさを声色に表した様な、あどけない子供の様な笑い方を彼はする。相貌に驚きの色を隠さない私に彼が愉快そうに、強いてあげるのであれば恋人でも眺めるように笑っているのだ。(例えれば、だ)あまりにも早い覚醒に、彼は寝ていなかったのではと確信めいて思う。ただぼんやりと何をすることもなく私が起きるのを待っていたのだろうか。
「…紅茶が欲しかったなら、頼めば良かったじゃない」
「そうだね」
 ごちそうさま。と呟いた声にただただ私は唇を噛む。小さな悪戯をされた気分だった。仕返しに彼のオレンジを一気に飲み干すと、薄まった液体はすとんと落ちる様に喉元を滑る。水谷くんは眼を瞬かせて、またいつもの様に微笑んだ。悔しい、ただ悔しかった。
 あまり無茶したら駄目だよ。その言葉に、勿論だと笑って答えた。




悪戯とオレンジを