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「…水谷としのーかって付き合ってんの?」
 その言葉に誰もが思考を止め、口にした人物に眼を向ける。思わず耳を疑った、だってそれは彼らにとっては予想もしない出来事だったのです。

***

 問い詰められるとは思っていたよ、ええ、勿論。しかし目の前に部員全員が並んで問いただす形はどうかと思うんだ、うん。居た堪れない空気の中で、俺はひとり身を小さくする。窓の向こうは綺麗な秋晴れ、ああ、物凄く野球日和、野球したいんじゃないの皆。とか、現実逃避が頭を巡る中で、彼等を言いくるめる言葉も探す。畜生日本語って難しい、何を言っても地雷を踏む気がする。時折聞こえる小鳥の囀りにすら嫌気をさしてしまうし、本当、どうすんの俺。彷徨う視界を止めたのは以外にも田島だった。その眼があまりにも真剣で少したじろぐ。俺の態度がこいつらを煽るのも分かっているのだけど、肯定しているようなものだろうし。(違うとはいえないけれど、そうだとも言えないんだけどなぁ)俺は助けを求めようとしてポケットに突っ込んだ携帯のリダイヤルを押した、昨日の晩に彼女を電話したきりなので、きっと彼女に届くはず。一度きり鳴らして通話を切断。さて、気付いてくれるだろうか。
 口を開こうとしない俺に業を煮やしたのか、一呼吸置いてひとりが言う、好きなの?、と。その言葉を聞いて俺は漸く全員を見渡した。彼らは真っ直ぐ俺を見ていた。俺はなるべくいつもの様に言う、勿論だ、そう言い切った。多分皆恐いんだと思う。俺もそうだったから。困惑が入り混じった声で、何時から、と花井が言った。正直に答えておいたほうが良いと思い、迷わずに先週と答える。先ほどまでどう言いくるめようかとしていた思考は、認めてしまったことから冷静さを取り戻していた。こんなに、簡単だったのか。形を壊すのはとても恐ろしく、俺は大切にしていた硝子玉を投げ割ったようなもの、きっと破片すら拾えないくらいに粉々にしてしまった。嘘で塗り固めていたつもりはないけれど、真実であったわけではない。透明な透き通った硝子は黒く濁り始めている。秋だった、じりじりと焼くような太陽も、圧し掛かる蝉の合唱もない、若葉が色を変える時季。彼女はひどく大切な人だった。俺にとって、色んな意味で初めての人。
 以前部室で彼女が部室を掃除しながら泣いているのを見た。あんな風におんなのひとが泣くのを、俺は生まれて初めて見た。密やかに、雑巾を握る掌を止めるわけでなく、ただぽたぽたと拭いた所に涙を落としている。涙腺が弱いと言われても仕方ない、そんな姿に俺も何故か泣けてしまって、扉越しに彼女を眺めながら頬に何かが伝った。それから俺の彼女の価値が変わった。元々強い子だと思っていたのだけれど、同様に悲しい子だと思った。勿論気恥ずかしくて口にした事はないけれど、誰かの傍で彼女が泣いたら良いと思った。それが自分でも自分じゃなくとも構わなかった。
 しかしある日のこと。彼女が俺の机の中に手作りのクッキーと綺麗に折りたたまれた便箋を入れていた。勿論マネジからで、てっきり部員全員に配っているのだろうと、意気揚々と甘く香る焼き菓子を口に含み、細かく畳まれた手紙を鼻歌交じりに開いた。開いてから、思考が停止する。そこには如何にも女の子らしい筆跡で「内緒にしてくれてありがとう」とたった一言そう記されていたからだ。思い当たる出来事なんて一つしかなくて、恥ずかしさに湯気が出るのではと思ったのもあれが初めてだった。つまり彼女も俺が泣いていたのを見ていたって事だ。多分女の子が泣いてしまった事より、男の子が泣いてるほうが恥ずかしい。しかし彼女にとって、自分の涙ほど恥ずかしいものはなかったのかもしれない。(元々篠岡は男前な節がある)それからというもの、元々気兼ねなく会話していたのが、もっと接しやすくなった。距離を感じない、同性の友人のような感覚になる。女の子相手に失礼だとは思うのだけれど、そう言ったら、水谷君が女の子みたいなんだよと反論された。少し傷ついた。少しね。
 こんな関係で良いと思ってたよ。これも本当。

***

 一度きり鳴り響いたコール音に、私はがたりと席を立った。向かい合わせに縫い物をしていた友人が双眸を瞬かせたのにも気付かない。ごめん直ぐ戻るからと言い残し、静止も聞かず私は学級を飛び出した。廊下に飛び出すと文化祭間近の空気があたりを満たしている。窓に添って付けられた折り紙の飾り、ペンキのつんとする匂いに、騒がしい喧騒。人波を縫うようにして私は走っていく。どこにいるのだろうか、どこにいるのだろうか。リノリウムの床を踏みしめながら、速度を上げる。ひたすら探し主を求めて走り回っていたが、中央階段を下りたところで大きなポスターが眼に入った。そのA3サイズの紙に思わず脚を止めてしまう。そこには小さくはあるがそのイベントの参加者名が全員記されていた。項垂れたい気分だったがまず彼を探さないといけない。急く気持ちを落ち着けようとして、私は踵を返した。
 水谷君と私が付き合ったことになってから一週間になる。実際、付き合っているのだと思うけれど、勿論理由もあった。文化祭で行われる恋人限定のイベント、クイズ等の課題をふたりの力を合わせて進めるゲーム。優勝者には賞金が出る、文化祭での学校一の見せ物。水谷君とそのチラシを見つけたときに、思わず彼の腕を掴んだ。懇願するように彼を見ると、それだけで全てを悟ってくれた水谷君は、一瞬悩む素振りを見せて、それでもしょうがないなぁと笑ってくれる。水谷君のこういう所好きだなと思う。優勝すれば、賞金が入る。部費の足しになれば百恵も喜んでくれるはずだ。経緯とすればこんな所で、その為に私達はお付き合いを始めた。賞金目当てに付き合っていると偽ってたのがばれたら、当日に出場禁止になるかもしれない。だから本当に付き合ったことにしている。毎日連絡を取り、昼食は出来れば一緒にし、休憩時間も必要以上に会話をした。心地が良かった。元々、好きだったのだと確認しているようなものだった。彼の優しさに甘えているだけの、子供みたいだった。野球部の皆には何も言わないでおいた。
(まさか名前が貼り出されるなんて思わなかった)
 上履きを乱暴に下駄箱に入れて、グラウンドへ飛び出す。外は外で、賑やかに祭の準備をする人がいっぱいだ。見渡す限りの茜空、ああ、もう陽が暮れてしまう、今日が終わってしまう。乾いた土を踏みしめながら、焦る心に蓋をした。夕暮れの中、部室の扉を潜り抜けるとひとりぼっちで彼が居る。ただ、抜け殻の様に座り込んで、硝子越しに沈もうとする太陽を覗き込んでいた。今にも泣きそうな彼の輪郭を見ながら、彼は実は三橋君並に涙脆いことを思い出す。私は腫れ物を触れる様に、彼の肩に手を置いた。彼とは視界の焦点の合わない。緊張するのは不自然すぎる間柄だからか、背中にじわりと汗が滲むのを感じる。
「ねえ、私にキスできる?」
 私を好きですか?ぽたり、彼の白いシャツに涙が零れて、彼は漸く私を見た。瞬間その表情が歪んで、力一杯に抱きしめられる。その背中に腕を回し、肩口に顔を埋めると私は又泣けてしまう。どちらともない嗚咽が耳朶に響いてから、噛み付くようにキスをした。




(水谷→←篠岡)
めちゃくちゃ消化不良…