肩を揺する掌で眼が覚める。瞼を開けてみると、それはまだ覚醒していた時の風景ではなかった。カーテンで遮られた窓の向こうに、溢れんばかりの光が見える。ちちち、と軽やかに囀る鳥の声。先ほどまで、陰鬱とも取れる雨雲に覆われていたのに、雨音もなく、唸る風音もない。寝返りをうつと、困ったように彼が微笑むのが見えた。伸ばされた腕を引いて、ごろりとふたりで横たわる。


 身支度をして外に出てみると、爽快な程の薄青い空が広がっていた。澄み渡った空気は少し冷えて肌にちくちくと刺さるよう。携帯をかちりと開く、いつもの習慣だろうかまだ、朝の5時を回ったところだ。欠伸を噛み殺す彼の掌を握る。そうすると自然と手を引かれた。いつもの通学路を彼と二人で歩いていくのはなんとも奇妙だった。それにしても一応健全な若者がふたりが一晩を共にしたというのに、この気軽さはなんなのだろう。たくさん寝たので、目覚めは素晴らしかった。でも、生欠伸をしている彼を見ると、彼は眠れなかったのかもしれないとも思う。(男の子だから…)私は、女の子なのにね。起きたときには私は制服を着ていた。しっかりキャミソールと、靴下まで。多分万が一のお母さん対策だろうけれど、着たままごろごろと布団を転がっていたので、私のシャツには少し皺がついていた。いつもの通学路に、彼、繋がる掌、雨の残り香、道路の水溜り、それを踏み、先を歩くおとこのひと。普遍的、なのかもしれない。しかしこの違和感はなんなのだろう。
「しのーかは野球と俺どっちがすき?」
 そう唐突に彼は言った。歩いていく街には人通りは少ない、だからかその声はゆっくりと私に浸透した。降ってきた沈黙、何故、こんな事を聞くのだろう。自然と彼は歩みを止めて、こちらを振り返る。泣きそうな表情に、私は無意識に息を呑んだ。私が触れた掌、ごつごつしたおとこのこの手。この状況を作り出したのは他でもない自分。どっち、どっちなのだろう。私は強いてあげる表現を許されるなら、愛していた。野球を、愛していた。安心感のある指を再度握る。彼も同意するように返してくれた。
「だいすきよ」
 卑怯な質問をするのね。私の愚鈍さを責めもしない、自分からあいしてるとも言わない。ええ、だいすきよだいすきよ。指を離し、無理強いでもするように頬を掴んだ。こんなに身長差があったのね、知らなかった。知らなかったのよ。

あなたは紛れもないおとこのこだわ。